キミを魅た蜃気楼
久しぶりに見た海を見ながら、従兄弟の家ではなく友人宅を目指し、頂上に鳥居のある階段をのぼる。両親には散々とめられたが、振り切って走ってきたのだ。
ここに来るのは高校に入学した4月以来になる。相変わらずの急な階段は自分の地元でもないのにひどく懐かしかった。
やっぱり不在だったか。
家の明かりがないことを想定してたとはいえ、彼に会わないまままたあの階段を下らなくてはならないというのは少し気持ちが沈む。
「……、夕希?」
どう時間を潰すか考えながら歩いていたら声がした。随分と懐かしい声に顔をあげれば、会いに来た彼が階段を上ってくるところだった。
『久しぶり、はるくん』
表情の変化の少ない彼にしては珍しく、驚きを隠しきれないといった顔をしていた。
そんな七瀬を見た夕希はふっと表情を和らげた。
『元気してた?』
七瀬の帰路に同行しながら尋ねた。僕の言葉に七瀬は、「……あぁ」とぱっとしない返事を返してくる。元々口数が少ない彼のことだ。きっと驚きすぎて、どうかえしたらいいかわからないといったところなんじゃないかな。
『そっか。今日は部活?』
その問いかけにこくりと首を縦にふった七瀬に、苦笑しつつ尋ねてみる。
『そのわりには浮かない顔してるね』
「そう、見えるか?」
『うん。何て言うか……心配事がある感じ』
「…………」
夕希の言葉に、七瀬は口を閉ざした。
『……まぁ、僕じゃ相談相手にはなれないだろうけど、真琴や水泳部の後輩くんとか…人に話したりしたら、楽になるんじゃない?』
「…何で知ってたんだ?」
『部活のこと?あぁ、母さんに聞いたんだ。真琴君水泳部に入って部長になったらしいわよーって』
「本人からじゃないのか」
七瀬の言葉に、ぴたりと表情が固まった。
慌てて繕うように笑顔を張り付ける。
『やだなぁ、はるくん。…顔を会わせられるわけないじゃんか』
「夕希…、」
『真琴が水泳を続けるなら、会わない方が彼のためだ』
明るめな口調でいったことが気に障ったのか、七瀬が僅かに顔を歪めた。
「アイツは会いたがってる」
『っ!』
そんなはずない。
咄嗟に反論しようとした言葉を噛み締めた。
『……それでも駄目、だ』
真琴は昔から夕希を好いてくれていた。
だから七瀬が言うことに対しての納得はできる。真琴の性格は従兄弟である僕だって、幼馴染みの遙には劣るが十分に知ってるのだ。だからこそ。
『もう苦しむところは見たくない』
僕は彼のトラウマ、そのものなんだから。